つながり合う心

「人」という字は、人と人が支え合って生きているという意味だ、
と教えてくれたのは金八先生でした。たぶん(笑)

私たち「人」は、個体で生きていると思いがちですが、
人は人との関わりの中で生きているのだ、ということを、
心の内側に向き合うたび気付かされます。

私たちは他者との関わりの中で、存在意義を見いだそうとし、
誰かと比較しては自分の立ち位置を確認して、
それに見合う自分像を創り上げます。

その話し方、その振舞い方、その捉え方、
その考え方、その表現の仕方…
誰かの影響によって創られているはずです。

誰かに相応しい自分に。
誰よりも優れた自分に。
より受け入れられる自分に。

すべては生きる知恵であり、
どんな自分像でも潜在意識では完璧です。

しかし、それは他者がいたからこそ創られた自分像です。

自分は自分だけで生きている個体であるととらえがちですが、
自分だけで創られた自分など存在しないと言えるのではないでしょうか。

そうやって創られた自分が生きているということは、
どんなときも、
一人でいても、
私たちは常に大勢の誰かと共に生きている、
と私には思えるのです。

どんな思いも感情も、反応も、感覚も
他者との関わりがあることを示しています。

他者を否定するのは、何のため?
自分を攻撃するのは、何のため?

得たかったものは何なのでしょう。
得られなかったと思ったものは何だったのでしょう。

しかし、もっと内深くに思いを向ければ、
誰かと繋がる喜びを
何かを分かち合う幸せを

私たちの誰もが知っているからこそ、
求め、期待し、つかもうとして反応するのではないでしょうか。

深く深く心を内に向けたとき、
私たちの誰もが知っているはずです。

求める心のその奥に
既に繋がっていることを知っている自分自身に。

許すとか許さないとか、
受け入れるとか受け入れないとか、
そう思うよりも先に、ずっとずっと受け入れて繋がっていた、
そんな自分が居ることを…。

——

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分かち合う世界へ

私が、オリジナルセッションに出会ったとき、
「潜在意識は完璧な叡智である!」
という、私にとっての真実にたどり着きました。

それは、感動というよりも、
衝撃と呼ぶ方が近いほど心を揺さぶられる出来事でした。

私たちには、自分では気づいていない力がある!
ためらう自分を押し上げる強さがある!
表面上では、どんなに傷んでいても、内側は愛に満ちている!

なんということだろう。
なんてすごいんだろう。

私は誰よりも知っているはずの
自分のことをまったく知らなかった。
こんなにも、こんなにも満たされていたのに!

もし誰かが教えてくれたとしても、
耳を素通りしたに違いないこの真実を、
私は体験して知ってしまったのでした。

私は、自分が見出した真実への混乱と、
その衝撃がもたらした感動と共に、
言葉にならない何かが沸き起こるのを感じていました。

その何かとは、多くの方々と、この感動・この喜びを分かち合いたい!という、
魂の欲求と言えるかもしれません。

どんな思いでも、自分に許されないものなんてない、
どんな感情でも、意味のないものなんてない。

どんな状況でも、
どんな状態でも、
私たちは誰しもが、自分に許され受け入れられ愛され続けている。

だから、どんなときでも必ず光がある。

この真実を分かち合いたい!

それから私の情熱と使命は、
「私たちの潜在意識は完璧な叡智で、愛に満ち満ちている」
という真実を、分かち合うことになりました。

この真実に思いを馳せるとき、私は私の安らぎを取り戻します。

それは、存在も名も知らない人々と繋がっていることを感じるからです。

私は潜在意識の旅の中で、
私たちが皆繋がっていることも知りました。

だから思うのです。
分かち合いたいという魂の欲求があるのなら、
人々と繋がっていることを、深く私自身が知っているからだ、と。

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私がお伝えしている心理療法(心理セラピー)は、エネルギーワークを取り入れるところへと進化してきましたが、

どのアプローチが加わっても、
どんな手法が生まれても、
やはり、私がお伝えしたいことは、
私がたどり着いたこの真実に行き着きます。

 
内なる世界は、愛に満ちている!
いつも自分を満たし続けている!
必要なものをすべて持っている!
私たちは完璧な叡智である!!

そして、本当は…いつも分かち合っている!!

—   

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人と人を繋ぐ、愛の輪

私はいわゆるオタク気質で、何かにハマると、かなり熱中します。

レジスタント ・フリーダム・セラピー(RFT)という
心理セラピーのツールが生まれてからも、
自己ワークは欠かしませんし、
新しいアプローチが見つかるとついつい燃えてやり続けます。

昨春Touch my Voice(TMV:心の声を聞く)というエネルギーワークを始めてからも、
かなり熱中して、自分の癒しだけでなく、あれこれエネルギーの質を調べてきました。

ちなみに、このTMVというエネルギーワークは気功の発展型で、
特別な力は必要なく、練習すればどなたでも簡単に出来るものです。

…実は私はこういったエネルギーワークに対してかなり鈍いタイプなのですが、
そんな私でもエネルギーワークの手法を作ってお伝えできるほど簡単です。

さて、今日は色々調べたエネルギーの質の中で、
私を愛で満たしてくれる「大いなる感動のエネルギー」
についてお話しさせて頂きたいと思います。

私の命名は「真実のパッション」
それは、生きる目的、生きている理由を示すエネルギーと言えるのではないかと思っています。

私たちはこの世に命を宿し、生きて、やがて死を迎える。
生とは何なのか、
何のために、自分たちはなぜ生きているのだろう?

そんな疑問を感じたことはないでしょうか?

その「答え」と思うのが、今回お伝えしたいエネルギーなのです。

どんな人も生まれながらに持っていて、
その人生で果たすことを望んでいる、
深い深い情熱のエネルギー。

そのエネルギーの声に耳をすませば、
「人々の心から愛を引き出す、愛の顕現」
「みんなの希望を取り戻す、真実の覚醒」
「世界中の人に笑顔になってもらう、希望の架け橋」

などなど、そんな素晴らしい言葉たちが読み取れます。

深く触れることが出来たとき、
感動のあまり号泣してしまうこともあるほど、
絶大な愛を感じます。

求める必要なんてなかった。
いつも自分の中にあった。
そのことが本当に分かります。

最近は、このエネルギーを読み取って、お伝えする機会が増えてきました。

言葉が出た瞬間、熱い何かがこみ上げて、
お互いに泣いてしまうこともあります。

練習会の時などは、他の参加者の方も一緒に泣いておられることもあります。
そのあとは、まるで愛の温泉に浸かったかのような余韻がしばらく続きます。

本当はずっとずっと知っていた、
記憶の隅で思い出すのを待っていた、
懐かしい言葉たち。

そんなエネルギーを読ませていただいていると、
それぞれ言葉は違うのに、
共通しているものがあることに気づきます。

それは、どれも全て、人類愛を示しているということです。

みんなを笑顔にしたい
みんなに愛を届けたい
みんなに真理を伝えたい

生きとし生けるもの全てを包みこみ、
人と人が大きな大きな愛の輪で繋がっている。
このエネルギーからは、そのことがしっかりと伝わってきて、
すべてが尊い大切な命、愛を分かち合う存在と分かります。

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ああ、このことを伝えたい…
私の中で、とても静かに、でも沸々と情熱が湧き上がって来るのを感じます。

この愛の輪を分かち合いたい。
時の知らせを告げる鐘が、心の奥で鳴るように。

どこまで何が出来るか分かりませんが、
私に出来ることを、始めていきたいと思っています。

どうか、一人でも多くの皆様に、
愛の輪の感動を届けられますように✨

 

 

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抵抗のあるところに安全はない

心理セラピーに出会ってから、今もよく「奇跡のよう」と感心することがあります。
自分が変わるだけで他者への捉え方が変わる。

もちろん、そういった捉え方の変化は、セラピーだけでなく、
出会った人やモノなどにも可能性は溢れていると思うのですが、
私はセラピーというアプローチが大好きです。

ネガティブな思いに引きずられて、
いつの間にか、自分が描く空想の世界に浸っている。

「あの人はこうで、自分はこうで…」
そして、「もうこれ以上考えたくない」「もう考えるのはよそう」と思う。

でも、それと「気にならない」「考えることもない」は別の話しだ、と
セラピーをすると分かるんです。

わずかの時間で、
「なんであんなに真剣に考えちゃってたかな」
ふふふと笑いたくなるような
スッキリとした晴れやかな気持ちが訪れて
気になっていた空想の世界を遠くに感じます。

懐かしい居心地の良さ、それはとても安全な感覚です。

私は、ずっとずっと親や家族の良い子であろうとし、
世間にも良い人であろうとし、
自分の欠点を隠そうとして生きてました。

愚図で、のろまで、要領が悪く、
空気読めない、変り者。

心理セラピーを始めた頃は、そんな自分から、
もっと要領の良い自分に、とか
皆に愛される自分に、とか
色々期待していたのですが、

ある日、「そこは変わらないんだ!」と気づいたことがありました。

そのとき、ダメな自分を守ろう(抵抗する)という思いが薄れて
「私、ダメ人間なんです~。これが私です~。」
と受け入れられるようになっていました。

これが自己受容か!  とその時思いました。
ずっとずっとダメだと思っていたのは自分自身。

変わりたい、逃げたい、このままじゃダメだ。
私は今の自分に消えろと攻撃し続けていたのでした。

自分を責める自分が、自分の中にいない。
自分の中がこれほど居心地良くて安全だと気づいたとき、
それまで想像したこともない安心感を感じました。

誰かや何かと比較して張り合ったり、
自分を守ろうとすれば、戦わなくてはならない。

でもその戦いは、自分の中にしかありません。
自分の中に戦いがあるときは、どこにも安全はありません。

それなら自分を守ろうとする思いをそのまま手放して、
自分の中に気持ちの良い居場所を増やす方が、断然、生きやすいです。

もっともっと手放してみよう。
そうしたら、この先、私はどんな感覚を得るのだろう!
そう思うとワクワクします。

どうか自分と向き合う瞬間がたくさん訪れますように
そして、居心地の良い自分と多くの方が出会いますように

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春の息吹き

春の陽気を感じる頃ですね。

最近、枯らしてしまった〜とあきらめていた観葉植物の
葉の下から、
しっかりと力強い芽が顔を出して、
生命のあり方を語りかけてくれるように感じます。

私も、このところ色々な変化を経て、
あきらめて手放した、その奥から
強い力が生まれてきたのを感じます。

枯れるもの
朽ちるもの
終えるもの

しかし、そこから芽生えた小さな芽の
その先につながる成長は、
とても純粋な、清らかな逞しさを
秘めているのではないでしょうか。

 

自分の中で、新たな自分が目を覚まし、
大きく伸びをする

 

思いもかけない自分に出会うことがありますね。
ちょっと怖いけど、これまでにない言動、振る舞いをしてみる。
ドキドキわくわく楽しい新しさ♪

…でも、それは誰かにとっての恐れを呼び覚まし、
幻滅や失望に映るかもしれません。

 

私たちは、他者や自分に対して、
知らず知らずイメージ(あり方)を求めます。

それは「ささやかな望み」が「こうあるべき・ねば」に変わるほど、
自分の求めるイメージ(あり方)に固執することもあります。
憧れたり、嘆いたり、攻撃したり、安堵したり、
まるで空に書いた絵を、事実と思い込んで、
自分だけの世界で一人芝居をするようなものです。

 

そんな誰かの空絵の自分を守ることは
誰にもできません。

 

受け容れられるものと
受け容れられないものの
判断はどこにあるのでしょう?

他者の空絵の思惑の中で
生きるというのでしょうか?

 

私たちは誰もが、内深くに「力の声」を持っています。
自由に生きていい! と…

 

誰かの望む自分にはなれないし、
誰かの望む自分にはならない。

 

そんな思いが腑に落ちたとき、
深いところで、
小さな芽が目を覚まして
成長を始めるのを感じます。

何かが開き
何かが閉じる

変化する過程は、
痛みを伴いつつも、
清々しくあります。

得るもの、失うもの
変わりなくあるもの

それらを静かに受け止める時間。

 

 

春は、優しい足音で、
新たな扉が開く予感を教えてくれます。

握りしめた手を広げて、
手放すときが来たようです。

 

さあ、扉を開けて、踏み出しましょう!

 

 

 

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それだけで

人の心の裏側にはいくつもの隠されたカードがあります
カードにはあなたの本音が書かれています

あなたのカードは覆りません
あなたは覆そうと
躍起になってカードをめくります

あなたのカードに書かれているのは知られたくない本音です
誰かが読みとるかもしれません

あなたは誰かの目を恐れます
あなたの本音は汚くて目障りだと
あなたが信じているからです

あなたを見る人が皆
あなたのカードを知っているような
そんな錯覚を持っています

あなたはなぜ
自分が恐れるか気づいていません

あなたは錯覚であなたを傷つけます

あなたが恐れているものは
あなたの恐れの描く未来予想図です

あなたを恐れに閉じ込めたのは
あなたの愛されたいという欲望です

あなたを守っている
あなたの愛そのものには
目もくれず

欲望ばかりを追いかけるのが
あなたの癖なのです

あなたは知っているはずです
あなたのうちから
響いている流れる波の音

あなたがいるそれだけで愛がこぼれていることを

 

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あなたが居る場所

内に潜む声はいくつものからくりを隠しています
自分が信じたものにすら
自らを刃で貫き
力を使えなくします

いったい人はどれほどの
刃を自らに浴びせたことでしょう

そのたびに力は失われるというのに
それにも気づかず
思いの内を彷徨います

痛みの声を聞いたことはあるのでしょうか
あなたの中の悲鳴を
受け止めたことはあるのでしょうか

あなたを幸せにしてくれると信じた声は
本当にあなたを幸せにしてくれたのでしょうか

あなたは耳を傾けました
自分が求めるものへ
導いてくれると信じたからです

その声はあなたを虜にします
あなたは幸せな夢に溺れます

あなたはまるで地面がないのに
あると信じて歩くような
声の操り人形です

あなたは気づきません
自分がいる場所も
信じるものの不確かさも

心はあなたが愛しくて
あなたの場所へ連れ戻そうとします

心はあなたに証を刻みます
あなたが気付くように
あなたを守るために

あなたがあなたに振り向くように
あなたが自分を取り戻すように

たとえあなたが
力を失ったと感じているそのときも
あなたはゆりかごのような愛に揺られています

 

 

 

 

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